「あなたの家、あなたの家族のところに帰り、主があなたに、どんなに大きなことをしてくださったか、どんなにあわれんでくださったかを、知らせなさい。」
マルコ5:19
きょうはここから3つのことをご紹介しましょう。第一に、イエス・キリストが「あなた」を罪の中から救い出してくださるお方だということです。イエス様と弟子たちの一行は、ガリラヤ湖の東岸(デカポリス地方)の、ゲラサの地に行かれました。ゲラサは異邦人の地でした。船が到着するとすぐに、イエス様のことを遠くから見つけ、墓場から一人の男がイエス様を出迎えにやって来ました。彼は「汚れた霊」につかれ、暴れまわるので、村の人々が彼を鎖でしばっていたようです。しかし、その鎖さえも、彼は引きちぎって、墓場に住み、昼夜となく叫び、石で自分の身体を傷つけていたと記されています。「墓場に住む」人のことを想像してください。あなたは自分とは全く無関係な話であると考えないでしょうか。しかし、日本に住む「あなた」や「わたし」も、実は、この墓場に住む人と似た状況があるのではないかと思います。ゲラサの人が「まことの神」を知らなかったと同様に、わたしたち日本人も聖書の「まことの神」を知らず、八百万の神をはじめとする様々な偶像にしばられ、霊的に目をふさがれています。ゲラサの男は墓場に住んでいたと聖書にありますが、生きているのに墓場に住んでいるとは非常に象徴的なことを示していると言えます。それは、生きてはいるけれども「まことの神」を知らないで、ただ「永遠の滅び」に向かって歩んでいるからこそ、墓場に住むのです。生きてはいるけれども「死んだ者」の人生を送っているからです。日本人も同じではないでしょうか。ローマ6:23に、「罪からくる報酬は死です」とあるように、「まことの神」を受け入れない人生は、墓場に住むようなものなのです。しかし、イエス様は、そのような「あなた」や「わたし」を、ご自身の命をもって救ってくださるお方です。
第二に、イエス様が、そんなあなたの救いのために十字架で死んでくださったことです。マルコ4章の後半を読むと分かりますが、イエス様は命の危険をおかしながら嵐の湖を越え、「異邦人ゲラサの地」に、悪霊につかれた人を救うために来てくださいました。イエス様は「神から離れた者」を何とかして救いたいと願われるお方ですね。イエス様は、あなたやわたしの罪の身代わりに十字架で死ぬために、クリスマスに誕生されたお方です。それは何のためですか。それは、悪霊にとらわれ、罪の中に死んでいる「あなた」や「わたし」を救い、神につながるためなのです。
第三に、ゲラサの人についていた悪霊が豚に乗り移って、この人から出て行くと、彼は正気に戻りました。そして、感謝をもって主についていきたいと願い出た時、イエス様はゲラサの地に残り、家族や人々に福音を伝えるよう命じました。わたしたちもイエス様によって救われた「喜び」と「感謝」を忘れず、主が言われたところで福音を伝えていきたいと思います。
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