神のものは神に

するとイエスは言われた。「カイザルのものはカイザルに返しなさい。そして神のものは神に返しなさい。」彼らはイエスに驚嘆した。マルコ12:17

 クリスマスはキリストの誕生を祝う日ですが、ともすると、プレゼントをもらえる日だと考えている人もいます。聖書的には間違いではありません。なぜなら、主が「私たちの罪を十字架で消し去るために生まれて下さったからです。でも、だからこそ、キリストを信じるクリスチャンは、主への感謝を忘れてはなりません。 

 イエス様が「宮きよめ」をされ、ぶどう園の譬えを人々に話されたとき、「あなた方は神の神殿を我が物のようにしている」と指摘された祭司長、律法学者、長老たちでした。彼らは、弟子であるパリサイ人やヘロデ党の者たちをイエス様のもとに送り、イエス様を罠にかけて殺そうと計画しました。パリサイ人たちは、イエス様を持ち上げる言い方をしながら意地の悪い質問をしました。「イエス様、ローマ帝国に税金を納めるべきですか。納めるべきではないですか。」なぜならば、もしも、イエス様が「税金を納めるべきだ」と言えば、ローマ帝国に反発をしている多くの民衆を敵に回すことになります。そして、イエス様が「税金を納めるべきではない」と言えば、彼らは、イエス様がローマ帝国への謀反者としてローマ政府に引き渡すつもりでいました。イエス様は彼らの偽りを見抜き、彼らにデナリ銀貨をもって来させて言いました。「これは誰の肖像ですか。」彼らは「カイザルです。」と答えました。 デナリ銀貨とは当時のローマ帝国の貨幣でした。ユダヤはローマ帝国の支配下でしたから、経済面でも日常はデナリを用いていました。そして、イエス様が仰いました。「カイザルのものはカイザルに返しなさい。そして神のものは神に返しなさい。」 彼らはイエスに驚嘆したとあります。                        

 なぜ人々はイエス様に驚嘆したのですか?それは、「ローに税金を納めるべきか」「納めるべきでないか」、、、、答えは二者択一のように思われたのですが、、、、イエス様の答えはどちらのものでもなかったからです。すなわち、イエス様が彼らの罠を(まんまと)すり抜けていったからこそ、彼らは驚いたのです。そして、イエス様を捕らえることが出来ませんでした。イエス様は言われました。あなたがたは今、ローマ帝国の支配下で「(皇帝が刻印された)デナリ硬貨」を使用して(少なくとも)ローマ政府による恩恵に与っているのだから、税金はローマに納めたらいいのだ。カエザルのものはカエザルに戻せばいい。しかし、あなたがたは、神によって造られたものであり、「神の像」に造られているではありませんか。あなた方の健康も、信仰も、家族も、生活も、富も、仕事も、すべてが神の恩恵に与っているのだから、神には(あなた方の)感謝をささげたらよいのです。

 わたしたちもそうですね。私たちの国籍は天国ですけれども、今は、この地上にとどめられています。この地上においても様々な恩恵に与っていますが、(決して)忘れてはならないのは「私たちは神の像に造られ、かつ、イエス様によって神の救いに与り、新たな命に生かされています。だから、どんなときでも主に感謝したいと思います。