「心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。」「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」この二つの大事な命令は、ほかにありません。マルコ12: 30,31
聖書は、私たちクリスチャンにとって何が一番大切なことだと語っているでしょうか。あなたにとって、最も大切にしていることは何ですか。きょうは、ある律法学者がイエス様に「すべての命令で、どれが一番大切ですか」と尋ねています。「すべての命令」とは、神がモーセを通して神の民イスラエルに与えた律法のことです。すなわち、「十戒」に代表される神様からの民への「戒め」「命令」のことです。ですから、イスラエルにとっての「すべての命令」に当たるのが、私たちクリスチャンにとっては「聖書」になります。
イエス様は律法学者の質問に即座に答えられました。最も大切なものとは、「神を愛せよ(30節)」と「隣人を愛せよ(31節)」という2つでした。これら2つは、わたしたちが毎週礼拝の中で読み上げている「十戒」=神がイスラエルに与えた「十の戒め」を、イエス様が2つにまとめられたものです。イエス様は神を信じる民にとって、「神を愛すること」と「隣人を愛すること」が最も大切なものであると教えられたのです。
なぜ私たち神を信じる者(クリスチャン)にとって「神を愛すること」が大切なのですか?それは、私たちが救われるためですか?それとも、神が私たちの願いをかなえてくださるからですか?そうではりませんね。私たちにとって「神を愛すること」が大切なのは、御子キリストを世に送られ、十字架で「あなた」や「わたし」の罪の身代わりに罰せられ、死んでくださったおかげで、「あなた」や「わたし」の罪が完全に赦され救われ、神さまとの関係を回復してくださいました。その神の一方的な恩寵(計らい)ゆえに、私たちは神を喜びとし、心から神を愛する者とされるのです。そして、神が人を(こよなく)愛されたゆえに、私たちも隣人を愛するのです。
律法学者はイエス様の言葉に感心し、思わず、主が言われたことを繰り返しました。そして、「これら2つがどんな(いけにえ)悔い改めにもまさり大切です。」と応答しました。この素晴らしい内容の応答を聞いて主は言われました。 34節「あなたは神の国から遠くない。」 このみ言葉には、イエス様が大変がっかりされた、主の寂しげな思いが背後にあるように感じます。本当なら、素晴らしい応答をした彼に、主は「あなたは(すでに)神の国に入っている」と言いたかったことでしょう。でも、主はそれを言うことが出来ませんでした。なぜなら、この律法学者はイエス様のことを救い主(メシヤ)として受け入れていなかったからです。彼の素晴らしい応答は「表面的な」ものだったからです。
私たちクリスチャンの信仰にとって最も大切なのは、心からの「神さまへの愛の応答」です。神の一方的な赦し、救い、恵みに対して心から感謝したいものです。
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