キリストのよみがえり

「驚いてはいけません。あなたがたは、十字架につけられたナザレ人イエスを捜しているのでしょう。あの方はよみがえられました。、、、」マルコ16: 6

 きょうは、「キリストが復活された」場面からお話致します。

 聖書によれば、日曜日の朝、主が葬られたお墓にマグダラのマリたちが行くと、お墓の石がころがっていて、お墓の中には青年の天使がいました。そして、マリアたちに告げたわけです。「驚いてはいけません。あなたがたは、十字架につけられたナザレ人イエスを捜しているのでしょう。あの方はよみがえられました。」

 ここに、天使が告げた言葉に、「あの方はよみがえられました」とあります。実は、ギリシャ語の原文や英語の聖書の多くは、ここを「受け身」で表しています。すなわち、「あの方は復活させられた」と記されているわけです。誰によって「復活させられた」のですか。父なる神様です。

「なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。」(ローマ10:9)

これは、パウロが記した「みことば」ですが、「神はイエスをよみがえらせた」と記しています。私たちは、よく、「イエス様はよみがえられた」と言いますが、正確に言えば、父なる神がイエス様をよみがえらせたんですね。すなわち、イエス様は「復活させらされた」わけです。

 ところで、父なる神はなぜキリストを復活させたのですか。もちろん、復活されたイエス様が、その十字架の死によって、信じる「あなた」や「わたし」の罪が完全に赦されたことを証明されたのは事実ですが、それだけではないように思います。 大切なことは、天地宇宙を創造された全能のイエス様が、その偉大な力で復活をしたのではなく、父なる神が主を復活させた、ということです。私たちは、イエス様が簡単に死を打ち破って、主が自ら復活なさったと考えがちです。しかし、聖書によれば、父なる神がイエス様を「よみがえらせ」ました。なぜでしょうか。 それは、イエス様が弱い人間として、罪深い人間として、十字架で徹底的に神に裁かれて下さったからです。主は、罪人として打たれて下さり、陰府にまで下られました。その徹底した従順をご覧になった父なる神は、大変満足されてイエス様を復活なさいました。「父よ、彼らをお赦しください。彼らは自分で何をしているのか分からないのです。」という御言葉に集約されますが、、、、、主

はどんなにひどい人でも、自分を苦しめ迫害した人でも、十字架で死なれるほどに、徹底的に赦されたのです。

 聖書の約束によれば、主を信じる私たちは、やがて、主の再臨のとき、神がイエス様を復活させたように、わたしたちをも復活させてくださる恵みを頂いています。本当に感謝ですね。しかし、私たちが心得ておかねばならない大切なことは、「主が十字架で徹底的に罪に死んで下さった」ことです。私たちも、主の十字架の上に自分をしっかりと重ねて、自らの罪を(中途半端でなく)しっかりと悔い改めて、主の恵みに与りたいと思います。