あなたがたは、代価をもって買われたのです。、、、おのおの召されたときのままの状態で、神の御前にいなさい。Ⅰコリ7:23,24
最近、古民家を買い取り、リフォームして、おしゃれな和モダン風の家にする建築家がいます。今、このようなリフォームの家が大人気のようです。もともとは古くて住む価値がないような家屋でも、すばらしい建築家の手によって「作り直される」と、多くの人が欲しいと思うほどの価値が出るものなんですね。
聖書には「あなたがたは、代価をもって買われたのです。」とありました。「あなたがた」とは、コリント教会の人々のことです。性的に乱れたコリントの町の雰囲気に流されて、コリント教会の中にも性的な不品行が行われていました。 パウロは、そんなコリントの人々に対して、「あなたがたは、代価をもって(神に)買い取られた」と言うわけです。 「代価」とは、キリストの十字架での犠牲(=身代わり)のことです。 「コリントの人々よ、神は、(神をも恐れず性的な不品行をくり返す)あなたがたの罪をも赦すために、身代わりに、神の独り子であるキリストを犠牲にして十字架につけられました。キリストの身代わりの死に免じて、悔い改めてキリストの十字架による救いを信じる者は罪を完全に赦してくださる、と宣言されました。 あなたの造り主である神は、あなたを愛しておられる。キリストを犠牲にするほど愛しておられると言われると、とても光栄です。嬉しくなりますね。
ルカ19章には「ザアカイ」の話が記されています。イエス様に声をかけられ、彼は嬉しくなりました。実は、彼は自分が罪深い人間であることを知っていたんですね。なぜなら彼はローマ帝国に納める税金を(ローマに代わって)取り立てる「取税人」の仕事をし、同胞のユダヤ人から大変嫌われていました。彼は税金を多めに取って私腹を肥やしていたからです。しかし、罪に汚れたザアカイのもとに、なんとイエス様が、「あなたの家に泊まりたい」と言われたわけです。 そのとき、ザアカイは心にパッと光が差し込む経験をしたと思います。と同時に、彼の心に一大の変化である「悔い改め」が起こりました。なぜなら、こんな罪深い汚れた自分の家に、心にイエス様をそのまま迎え入れることができなかったからです。彼はこれまで悪いことをして貯めていた財産の半分を貧しい人たちに施し、税金をだまし取った人々には、四倍にして返しました。彼がなぜ「悔い改める」ことができたのか想像できるでしょうか。 それは、主によって罪赦された者として、、、これからは「主に喜ばれる生き方をしたい」と思ったからです。今に生きる私たちも同じですね。これが神に買い戻された者の生き方だからです。神はパウロの口を通して、「おのおの召されたときのままの状態で、神の御前にいなさい。」と語りました。私たちが、主によって救われたときを常に思い出したいと思います。
皆さん、新築の家っていいですね。すがすがしくて、いつまでも奇麗に保ちたいと願います。私たちは神様によって救われ、買い戻され、「神のもの」となり、全きに造り変えられ新しくされた者として、自分自身をいつまでもすがすがしく保ちたいと思います。
0コメント