主が言われる信仰とは

するとイエスは、彼に言われた。「さあ、行きなさい。あなたの信仰があなたを救ったのです。」マルコ10:52

   オリンピックがTVで連日のように放映されています。真剣勝負の姿を見ていると見る側も思わず力が入りますね。先日、女子フェザー級で金メダルを獲得した入江聖奈(いりえ・せな)選手は、子どもの頃の夢がかなった選手として紹介され、とても印象に残りました。彼女が中学3年の時に「2020東京五輪で金メダルを取りたい」という夢を持ち、まさに、6年後の今回、その夢が現実になりました。 みなさん、「夢や希望を持つこと」っていいですね。なぜなら、夢や希望を持つことで、望む者に「力」が湧いてくるからです。きょうは、イエス・キリストに希望を置いて病気が癒されて、その希望と願いが現実になった人物のお話を紹介しましょう。

  エリコの町はずれの道端に、目が見えないバルテマイという男が置かれていました。おそらく彼は目が見えないことで、当時の社会では「罪人」とされ、町はずれの道端に置かれて物乞いをしていました。そんな彼のもとに、なんとイエス・キリストが来られたのです。イエス様の一行がエリコの町を出ようとするとき、バルテマイの前をイエス様が通られたのです。彼は突然、「ダビデの子のイエスさま。私をあわれんでください。」と、叫び始めました。それに気づいたお弟子さんたちは叫び声を上げるバルテマイを制し始めます。ところが、イエス様はそんなバルテマイをお招きになったのです。イエス様は優しいお方ですね。主はきっと、弟子たちに模範を示しながら教えたいことがあったのでしょう。バルテマイに出会う少し前に、主は弟子たちに「あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。」と教えたばかりでした。しかし、弟子たちはバルテマイに仕えることが出来なかったです。そこで、バルテマイを通して、主は弟子たちを訓練されました。

 さて、バルテマイを招かれたイエス様は、「わたしに何をしてほしいのか。」と彼に尋ねました。イエス様は神様ですから、バルテマイのことは何でもご存知であったはずです。しかし、主はあえて彼に「わたしに何をしてほしいのか」と、希望を言わせています。みなさんは、イエス様がなぜ彼にあえて希望を言わせたかったのか分かるでしょうか。それは、「心からキリストに期待する言葉」をバルテマイの口から告白させたかったからではないでしょうか。それゆえ、「目が見えることです」とキリストの力に期待したバルテマイに対し、「あなたの信仰があなたを救ったのです」と宣言し、そのとき彼の目は癒されました。みなさん、信仰とは一体何でしょうか。それは、あなたが「イエス様の救いと偉大な御力を疑わずにどんな時にも期待する」ことです。イエス様に病を直してもらうために近づいた者たちが、ことごとく主に癒されたように、わたしたちもイエス様の救いと御力をいつも変わらず信じ続けたいと思います。