私は使徒の中では最も小さい者であって、使徒と呼ばれる価値のない者です。なぜなら、私は神の教会を迫害したからです。ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。Ⅰコリント15: 9,10
きょうは、パウロがコリント教会に伝えたかったことを3つのポイントで紹介しましょう。
一番目に、それは、「主イエスキリストの福音を正しく受け取る」ということです。パウロがコリント教会の人々に伝えた「福音」とは、「キリストが、私たちの罪のために死なれたこと」、また「キリストが葬られたこと」、そして、「三日目に復活したこと」です。キリストは私たちの罪が赦されるために、犠牲となってくださり、十字架で死んで下さいました。もし、あなたが主イエスの身代わりの死を信じるならば、神はあなたの罪を(キリストの十字架の死に免じて)すべて赦してくださると仰ってくださいます。すなわち、罪赦された「あなた」は、永遠の滅びではなく、必ず天国に入れていただけます。ですから、私たちは、「キリストの十字架によって(自分の)罪がすべて赦されたのだ」と、硬く信じることが大切ですね。そのためには、キリストが葬られたように、あなたも同様に罪に死ぬことが重要になります。すなわち、(あなたやわたしが最も苦手な)自己中心にも死ぬことが大切です。それでも、あなたが自己中心に陥ってしま う時には、キリストの身代わりの死に感謝し、自己中心を悔い改めましょう。
二番目に、パウロが再度コリント教会に伝えたかったのは「復活」です。この「復活」は、何と言っても福音の中心ですね。すなわち、人は主を信じて罪赦されて「めでたし、めでたし」ではないわけです。キリストによって罪赦された者が神から受ける恵みは、何と言っても「復活」です。聖書によれば、なんと、復活されたイエス様が弟子たちの前に現われ、手とその脇腹の傷を見せられ、「平安あれ」と言われたからです。復活の主に出会った弟子たちの証言がなんと力強く語られていることでしょうか。キリストが復活されたように「あなた」自身も復活させていただけると信じるならば、あなたはキリストの希望に生かされるのです。
三番目は、「神の恵みに生きる」ということです。10節でパウロは、「ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。」とお証しています。パウロは、かつて、教会を迫害する人であり、キリストを信じていませんでした。しかし、何と、復活されたキリストがパウロに出会って下さいました。しかも、彼が悔い改めて、回心してからではなく、まさに、「月足らず(8節)」でそのままでは死んでしまうようなものに、キリストは出会って下さいました。しかも、彼が救われたのち、今度は福音の喜びを告げ知らせる者にして下さいました。実は、わたしたち一人ひとりもパウロと同じではないでしょうか。神に反逆する「あなた」や「わたし」に、キリストは出会って下さり、主の救いに与らせて下さり、しかも福音を伝える者にして下さったからです。この一方的な神の恵みを感謝して、私たちはイエス様を愛し、イエス様に従って参りたいと思います。
0コメント