神の恵みをむだにしないで

私たちは神とともに働く者として、あなたがたに懇願します。神の恵みをむだに受けないようにしてください。Ⅱコリント6:1

 以前、浜松ホーリネス教会で協力牧会くださった大川道雄先生が、キリスト教の教えに由来する「漢字」のことを教えてくれたのを思い出します。その中に「恵」という漢字があります。「恵」という漢字は一番上に十字架があるのがわかるでしょうか。人がその十字架を見上げて思うことを「恵み」だというわけです。なぜなら、神は、神への背きの罪を犯した「あなた」や「わたし」に罰を下すのが当然なのに、身代わりに、神の独り子キリストに十字架でその罰を引き受けさせたからです。すなわち、「あなた」や「わたし」の罪の身代わりにキリストが犠牲となって死んでくださったことに免じて、神はあなたや私の罪をすべて赦し、帳消ししてくださいました。これが「神との和解」であり、「神の恵み」です。

 パウロは、コリント教会の人々を「私たちは神とともに働く者」と語りました。「神とともに働く者」とはキリストの福音を伝える「協力者」という意味ですから、パウロは、コリント教会の人々を(同じイエスさまの救いの恵みを信じ伝える者として、神の恵みをむだに受けないようにと願いました。おそらく、コリント教会に入り込んだ偽教師たちがコリントの人々に誤った救いを教えたからでしょう。それゆえ、人々はこれまでパウロが教えていた正しい福音から外れそうになりました。人は自分の力では(自分を)救えません。人をその罪から救えるのは主の十字架のみですね。だから、パウロは「神の恵みをむだにうけないようにしてほしい」と願いました。

 パウロは、かつて、預言者イザヤがバビロン捕囚となったユダの人々に対して、救いの約束を預言した、そのみ言葉を引用しながら、確かに、今は恵みの時、今は救いの日です、と語りました。すなわち、イエス・キリストが罪人の救いのために十字架で死んでくださり、救いを成し遂げてくださいました。「コリントのみなさん、あなた方は誤った教えによって混乱させられ横道にそれている場合ではない。キリストの救いを(今)しっかりと信じ受け留めなさい。主の十字架によって、あなたやわたしは救われているのだから」、と語りました。

 最近、断捨離って言葉が流行っています。みなさんは、家の中にいろいろな物をためてしまう人ですか? 物を保管する時には「いつか使おう」と思うのですが、一向に使わずに押し入れや引き出しに眠ったままになってしまうことってあるでしょう。イエス様の救い=福音を聞いて、「本当にその通りだ」と思うときが、福音を信じ受け入れるチャンスの時です。でも、「聖書のことがまだよくわからないから、よくわかるようになったらイエス様を信じよう」と、引き出しにしまってしまうと、おそらく、いつまで経っても主の救いを受け取ることは出来ないでしょう。イエス様の救いを受け取るチャンスは(いいなあと思った)「そのとき」です。福音を聞いて「いいなあ」と思った時に、アーメンと言って受け取るのが一番いいのです。今は聖霊様が注がれる時、恵みの時ですから。