完全な者になりなさい

終わりに、兄弟たち。喜びなさい。完全な者になりなさい。慰めを受けなさい。一つ心になりなさい。平和を保ちなさい。そうすれば、愛と平和の神はあなたがたとともにいてくださいます。Ⅱコリント13:11

 きょうの13章では、手紙の終わりに当たりパウロがコリントの教会のクリスチャンたちに対して、愛に満ちた奨励(お勧めの言葉)と祝福の祈りでこの手紙を閉じようとしています。第一に、11節に「終わりに兄弟たち、喜びなさい」との勧めの言葉があります。正確には、主イエスさまによる一方的な救いの恵みを「喜びつづけなさい」とのお勧めです。

 二番目の勧めは、「完全な者になりなさい」ということです。この「完全な者」とは、完璧な人間のことを言うのではなく「成長して整えられた者」という意味です。私たちはイエス様を信じたら(それで)終わりではありませんね。なぜなら、主の救いは完璧なのですが、救われている私たちは肉体を持つがゆえに常に「欠け」や「弱さ」をかかえて悩む者だからです。私たちはイエス様を信じていても、(ときに)主に頼ることを忘れ、自分でやろうとすることがあります。自己中心です。コリント教会のクリスチャンたちも、イエス様によって救われたのですが、主に頼ることを忘れ、なんでも自分でできると思い上がってしまいました。しかし、私たちは聖霊によって自身の内にある「罪深さ」「欠け」に気づかされるとき、そこに「悔い改め」が起こり、それをイエス様のところに持って行くとき、そこには(すでに)主の赦しがあることに気づかされます。そして、イエス様によって神とつながらせていただいていることを確信することで、、、、そこに信仰の「成長」「整い」があるわけです。パウロはコリントのクリスチャンたちに、この内なる成長と整いを期待しました。

 三番目の勧めは、「慰めを受けなさい」ということです。この言葉は、神から慰めを受けなさいという意味の言葉ではありません。(内側が成長し整えられた)教会の兄弟姉妹たちが、互いに慰め合い励まし合うことのできる教会を勧めているのです。

 そして最後の勧めは、「一つ心になりなさい。平和を保ちなさい」ということです。当時のコリントの教会には、意見の衝突や分裂、分派がありましたので必要なお勧めでした。この「一つ心になる」というのは、教会の中で一つの意見や考えしか許さないということではありません。そうではなくて、本質的なことについては「一致」して、「一つ心になる」という意味です。すなわち、イエス様を信じて救われるということでは「一致」が必要ですが、それ以外の、お互いの個性や意見や考え方の違いでは互いに尊重して受け入れ合うことの大切さを言っているわけです。しかし、こういう一致は人間的な努力では生み出すことはできません。大切なことは11節後半で言っている「愛と平和の神があなたがたと共にいてくださいます。」とあるように、一人ひとりが神様に信頼し、しっかりと結びついているならば、必ず一致を得ることができるとパウロは勧めています。私たちも心整えられ、慰め励まし合い、主にあって「一致」できる教会を目指しましょう。