サムソンとデリラ

サムソンは主に呼ばわって言った。「神、主よ。どうぞ、私を御心に留めてください。ああ、神よ。どうぞ、この一時でも、私を強めてください。、、、、士師16:28

 サムソンは怪力の持ち主として有名です。でも、彼には弱点がありました。それは女性に弱いということです。彼はイスラエル人でしたが、ペリシテ人女性デリラを好きになります。そして、ペリシテの領主たちはデリラに、サムソンの怪力の秘密を口説いて聞き出すよう仕向けます。そして、デリラはサムソンに「どうすればあなたは力を失うのか」と何度も言い寄りますが、サムソンはなかなか教えません。しかし、4回目に「とうとう」サムソンはその秘密(=髪の毛をそると力が弱くなってしまうという秘密)を漏らしてしまうのです。

 実は、サムソンはナジル人でした。ナジル人とは神に願い事(誓願)を立てて、自分自身を神にささげる人のことを言います。彼は、生まれる前から母親が誓願を立てていたナジル人です。神との約束(髪の毛を決してそらないこと)をしっかり守る者に、神様は特別の力を与えてくださいました。その大切な秘密を、彼はデリラに漏らしてしまったわけです。このとき、サムソンはデリラに対し、どのようにすればよかったのでしょうか。おそらく、「デリラよ、これは私と神様との大切な約束だから、、、愛するあなたにも話せない。」と言えば良かったんですね。ところが、彼は秘密を漏らしてしまいました。それは、「神との関係」よりも「デリラ」との関係を彼が優先してしまったとことを意味します。あなたはいかがですか。あなたや私にも、似たような失敗はないでしょうか。神様との関係よりも、、、自分の都合を優先してしまうことってないでしょうか。デリラによって髪の毛をそられたサムソンは力が弱くなったのですが、彼はそのことに気づきませんでした。彼は「怪力」の源が「神との関係」から来ていることに気づいてなかったのです。実は、怪力の源は髪の毛ではありません。髪の毛には力はありません。力の源は神なんですね。神との関係をないがしろにしたために神の力が去っていったのです。でも、私たちも同じかも知れません。私たちが、神との関係よりも自分の都合(欲望)を優先してしまうことがあるからです。しかし、自分の都合を優先させるとき、神様との関係を自ら切ってしまっているのです。

 力を失ったサムソンは、ペリシテ人に捕らえられ、目をつぶされ、足かせをかけられ、牢屋に入れられました。そして、3000人ものペリシテ人たちの笑いものにされていくとき、彼は「主に呼ばわった」とあります。彼が主に悔い改めた瞬間です。彼はこの悔い改めにより(一瞬ではありましたが)神は再び彼に力を与え、命をかけて建物を崩させ、その場にいたペリシテ人をみな滅ぼしてしまいました。神より自分の欲望を優先したサムソンから神の力が去りましたが、なぜ、あなたや私から神の力が取り去られないのですか。なぜなら、キリストがあなたの罪のために十字架で罰を引き受けて死んで下さったからです。サムソンが「主に呼ばわった」ように、私たちもいつでも主を見上げて歩んで参りましょう。