「シオンの娘に伝えなさい。『見よ。あなたの王があなたのところに来られる。柔和で、ろばの背に乗って、それも、荷物を運ぶろばの子に乗って。』 マタイ21: 5
イエスさまはエルサレムに入られる直前、弟子たちに言ってある村から子ロバを連れてくるよう命じます。主はその子ロバに乗られてエルサレムに入られました。人々は口々に「ダビデの子にホサナ(救ってください)、、、」と賛美し、旧約で預言された救い主として、ダビデのような偉大な王として、イエスさまを迎え入れました。しかし、そんな人々も、主がゲッセマネで逮捕されると、手のひらを返したように「イエスを殺せ」とののしり始めました。弟子たちも主を見捨てて逃げ出しました。なぜですか。それは、ユダヤを占領し支配していた憎きローマ(帝国)を、偉大な王であるイエスさまが(力でねじ伏せて)蹴散らしてくれると信じていたからです。でも、主は(抵抗することもなく)逮捕されてしまいました。弟子たちや人々はがっかりしたわけです。しかし、そのような弟子や人々の姿を見ていると、すぐに自己中心に陥る「わたしたち」の姿と重ならないでしょうか。今、ウクライナに巨大な軍事力をもって(一方的に)侵攻しているロシア軍を見るとき、(わたしたちは思わず)神さまの偉大な御力でロシア軍を蹴散らしてください、と祈り願わないでしょうか。もちろん、神さまは何でもお出来になるお方ですから、神さま流のやり方で問題を解決されることでしょう。でも、わたしたちは(つい)力に対して「力で」対抗しようと考えがちです。そのために神さまを利用してしまうのです。そして、神さまが何もしてくださらなければ、さっさと神を捨ててしまうのです。あなたはいかがですか。あなたは順風の時にも、逆風であっても、どんなときにも神さまイエスさまを見上げているでしょうか。
イエスさまは、預言者ゼカリヤが預言したとおり、「子ロバに乗って」人々の救いのため、救い王として、柔和なお方としてやって来られました。なぜですか。「柔和」とは自分の力で何とかしようと頑張るのではなく、自分の弱さを認め、神にすべてを任せる心です。主が子ロバに乗られ、柔和なお方として来られたのは、何でも自分の思い通りに「力」で解決しようとする「あなた」や「わたし」の自己中心の罪の身代わりとして、十字架で神の罰を受けて死んでくださるためでした。ロバとは旧約聖書では「汚れた動物」とされ、また、従順さに欠けるとも言われます。しかし、主はそのようなロバに乗られてエルサレムに入り、十字架につかれたのです。罪に汚れ、従順さに欠ける点で、ロバとわたしたちは共通するのかも知れません。
イエスさまが子ロバに乗られてエルサレムに入られたことにより、ゼカリヤの預言がその通りになりました。それは、数日ののち、主が十字架で死なれ、すべての人々の罪が赦され救われることを意味していました。そればかりか、救われた者が天に引き上げられて決して死ぬことのない永遠のいのちにあずかることをも意味しているのです。あなたもイエス・キリストを信じて天につながる希望をもって歩んでいただきたいと思います。
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