だれを捜しているのですか

イエスは彼女に言われた。「なぜ泣いているのですか。だれを捜しているのですか。」ヨハネ20:15

 イエス様が葬られたお墓にやってきたマグダラのマリヤは、入口の石が取りのけられ、墓の中が空っぽであることに気づきました。彼女は、ペテロとヨハネに一部始終を知らせ、二人は詳しく調べたのちに家に帰りましたが、マリヤは、イエス様の遺体がなくなってしまったことを絶望に感じ、墓の外で泣いていました。そんなマリヤに、御使いが現われ、そして、復活のイエス様が現われて声をかけられました。きょうは、そんなマリヤに投げかけられた「2つの問い」について見て参りましょう。

 一つ目は、「なぜ泣いているのか」という問いです。御使いたちは彼女に尋ねました。「なぜ泣いているのですか(13節)」・・・この、「なぜ」という問いは、マリヤが泣いている理由を尋ねたのではありません。これは、「なぜ(あなたが)泣いているのか(その意味が)わかりません」と、御使いがマリヤに問いかけた言葉です。あなたが、今、マリヤと同じように、人生で最悪の状況の中にいるとします。絶望して何も考えられない状況の「あなた」に、神が伝えたいメッセージは、「なぜ泣いているのですか」「泣く必要はありません」なんですね。 最悪と思える状況でも、(あなたは)泣く必要はないと神は仰るのです。なぜなら、主イエスはよみがえり、主は(どんなときにも)あなたと共におられるからです。これが(神からの)イースターのメッセージです。

 二つ目は、「だれを捜しているのですか」という問いです。マリヤが御使いの問いに答えたのち、後ろを振り返ると、そこに主が立っておられました。しかし、霊の目がふさがれていたマリヤには、その人がイエス様であることがわかりませんでした。 主はマリヤに尋ねられました。「なぜ泣いているのですか」・・・これは先ほどと同じ問いかけの繰り返しです。神様からの「大切なメッセージ」なので繰り返されていますね。そして、それに続いて、主はもう一つ問いかけられています。それは、「(マリヤ、あなたは)だれを捜しているのですか(15節)」という問いです。 彼女は「誰」だと答えましたか? 実はマリヤが捜していたのは、生きているイエス様ではなくて、死んでしまったと思ったイエス様の遺体だったんですね。 マリヤが墓にやって来たのは、イエス様の遺体にすがって泣きたかったわけです。

 主は、イースターの朝、同じく・・・「あなた」に「だれを捜しているのですか。」と尋ねられます。あなたが最悪の状況にあるとき、 あなたは(自力で)「何とか問題を解決する方法」を捜しますか? それとも「問題の解決主であるイエス様」を捜しますか?あなたが最悪の中にあるとき、不安や悲しみの中で「ただ泣くばかり」のあなたに主は言われます。「死からよみがえった私が(あなたと)一緒にいます。だから大丈夫です」と。これが神様からのイースターのメッセージです。」 主はマリヤに「わたしにすがりついていてはいけません」と告げました。マリヤがすがりついていたのはイエスの遺体であることを、主はわかっていました。そして、そんなマリヤに告げられたのです。「あなたがすがりつくべきは、復活の主です。そして、やがて与えられる助け主です」と。今、復活の主が私したちの中に聖霊としておられ、共に歩んでくださっていることを感謝します。