わたしを愛するか

イエスは三度ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」ヨハネ21:17

 きょう、イエス様がペテロに「わたしを愛しますか」と繰り返し尋ねられたことがわかります。この箇所を通して、主からのメッセージをいただきたいと思います。まず初めに、主がなぜ「わたしを愛しますか」と尋ねられたのかを考えてみましょう。イエス様はペテロの心の中を知りたくて問いかけたのでしょうか? いいえ、そうではありません。 なぜなら主はペテロの心の内を(あなたの心の内も)すべてご存じだからです。では、どうして主はそのように尋ねられたのでしょうか。それは、ペテロにとって「この問いかけ」が「必要」だったからです。

 この時、復活されたイエス様を囲んで弟子たちは食事をしていました。しかし、弟子たちが主と会話している様子が記されていません。なぜなら、彼らはみな主を裏切ってしまった罪責感でいっぱいだったからです。自分たちは選ばれた弟子=使徒だと言い、また、主が王となった時には誰が主の次の位につくのかと言って争っていた彼らが、最も肝心な時に、使命を投げ出して、主を見捨てて逃げ出してしまったからです。ペテロは、「たとい全部の者があなたのゆえにつまずいても、私は決してつまずきません。」(マタイ 26:33 )と言い張ったのに、何と3度も主を知らない、 と繰り返してしまいました。今さら主に会わせる顔がない。弟子としてこれまで築いたものが全て崩れ落ちてしまった。もはや弟子として失格だと、ペテロをはじめ、弟子たちはみな自信をなくしていたに違いありません。

 しかし、そのようなペテロに、主は「あなたはわたしを愛しますか」と尋ねられました。イエス様はペテロが主のことを(今でも)救い主として信じ愛していることはご存じでした。しかし、あえて、ペテロの口から「キリストへの愛」を告白させたかったのです。しかも、三回尋ねられました。それは、おそらく彼が三度主を知らないと否定したことへの罪意識にしばられていたことを、イエス様はご存じだったからです。三度主を知らないと言ったペテロに、今度は三度「愛しています」と言わせ、彼の中に「主への愛・献身の思い」が残っていることを主はペテロに気づかせ、彼の「信仰」を回復させたかったのです。

 皆さん、きょうの「あなたはわたしを愛しますか」という問いは、失敗をして落ち込む「あなた」に、いつでも主がかけてくださる「問いかけ」です。主はあなたを慰め励まして、あなたの信仰を回復させたいのです。主が「あなたはわたしを愛しますか」と問いかけたならば、あなたは「はい、愛しています」と応えることができるでしょうか。イエス様は「あなたの告白」を聴きたいのです。そして、告白する「あなた」を福音宣教に遣わしたいと願っておられます。主は「あなた」の身代わりに十字架で死なれ、罪の償いをなし、そのおかげで「あなた」の罪は完全に赦されました。そして、主は復活によってそのことを教えてくださいました。そんなイエス様に、「はい、愛しています」といつでも明確に告白できる「わたし」でありたいと思います。