イエス様は世の光です

「イエスはまた彼らに語って言われた。『わたしは、世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです』」ヨハネ8章12節

 真っ暗なところにいたことがあれば、ほんの少しの光でも希望をもたらすことが絶対にわかると思います。停電する時に懐中電灯があれば、しばらくでも安心することができます。1本の蝋燭を点けたら、光るだけではなく、その小さい炎は他の蝋燭を点けることもできます。では、イエス様が自分は世の光であると言われたのはどういう意味でしょうか。

 蝋燭は火がなければ自ら点すことはできません。どんなに強力な懐中電灯でも電池あるいは電力がなければ、照らすことができません。しかし、世の光であるイエス様はその光の源が天の父なる神様なので、電池も要りません。そして、イエス様の光は永遠に輝き続けています。なぜかというと、神様がずっとイエス様と共におられるからです。

 蝋燭や懐中電灯から一定の範囲に離れると、光は見えなくなってしまいます。空に色とりどりの花火はどんなに幅広くかがやいていても、見える限界があります。けれども、世の光であるイエス様は空間い制限されていません。どこにいっても、イエス様の光が及ばないところはありません。ただし、イエス様の光をつけるためには、信仰のスイッチが必要です。なぜなら、どこでもs品行によって、真の光がイエス様を信じる照らしているからです。

 一方、掃除する時に、暗がりに隠されているすべての汚れが、光に当たるとはっきり見えるようになります。同じように、イエス様の光に当たると、私たちの隠されたあるいは自覚していない心の汚れが、見えるようになります。それは、イエス様が私たちを悔い改めへと導き、心を綺麗に一新してくださるためなのです。イエスさまからいただいた命の光を輝かせるためには、まず私たちの中にある汚れがひとつずつ綺麗に清められるべきです。そうすれば、私たちも蝋燭のように、イエス様の光を人々に伝えることができるのです。

 暗闇の中に小さい光を見る時、その光に従うと正しい道を見つけ、光も徐々に大きくなっていきます。同様に、信仰によってイエス様を信じると、その光が初めは小さいかもしれませんが、ずっとイエス様に従うならば命の光をうけながら、どんどん輝いていくのです。

「太陽がもうあなたの昼の光とはならず、月の輝きもあなたを照らさず、主があなたの永遠の光となり、あなたの神があなたの栄光となる」イザヤ60章19節

アグネス インターン生