私たちは神の作品です

私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをあらかじめ備えてくださいました。エペソ2:10

この聖書の言葉から三つのことをご紹介します。

 一つ目は、私たちの所有権は神にあると言うことです。私たちは自分の所有権が自分にあると考えます。 「私の人生どう使おうと自由じゃないの。」と考えてしまいがちです。でも、そうではありません。もし、私たちが人生の所有権を持っているならば、そのスタートと終わりも自分で決定できるはずなのです。でも、誰も自分が生まれたいと思って生まれた人はいません。いくら辛くて、苦しくて、死にたくても、「生きよ」と言われれば100才でも生き続けなければならないのです。また、平成の時代に生きることも、日本人に生まれることも、男か女かさえも私たちは一切選ぶ自由は持っていません。これが現実です。これで私は自分の人生を所有していると言えるでしょうか。 自分の所有に見えるけれども、実はそうではなく「神の所有」であるということを知る必要があるのではないでしょうか。 

  二つ目は、私たちは神の作品だということです。私たちの所有権は神にありますが、それは奴隷として生きることでも、所有物として生きることでもありません。作品なのだと言うのです。物を造り出すのを仕事としている人たちにとって、造り出した作品というのはとても愛しいものではないでしょうか。神の作品とは、神が思い入れを持って造った存在だということです。わたしたちは神のお気に入りなのです。 私たちは時々、「自分のこんなところは嫌だなあ」と思うことがあります。しかし、そこにも神の思い入れがあるのです。私にはどう見ても欠点にしか見えないところに、神のご計画があるように思うのです。 

  三つ目は、良い行いは神が用意し、私たちを導かれるということです。 私たちは自分の人生、何が正しくて正しくないかはよく分かりません。「あなたの人生は正解ですか」と尋ねられても良く分かりません。でも、確かに言えることは、神があなたの人生を用意し、正しい方向に導いてくださるということです。みなさんも、それぞれが楽な人生を歩んできたわけではないと思うのです。苦しいときがあったと思います。しかし、最終的に、今、あなたがここにおられるのは、人生の別れ道で神様を第一に考えて選択してこられた結果ではないでしょうか。神様を思って、神様のことを考えながら進むとき、その道は不思議と準備され最高のものになるのです。「神が良い行いをあらかじめ備えてくださる」とは、そういうことではないでしょうか。 わたしたちの人生は、始まりも終わりも自分の自由にはなりません。性格や特徴も変えることが出来ません。最高の人生がどの道かさえ分からないのです。ですから、あなたは、自分の人生を神であるイエス様にお任せすればいいのです。「イエス様こそ私の主です」と告白して、人を永遠の滅びから救い出す事のできる「神の全能の力」によって自分の人生は導かれるんだと信じることです。ぜひ、その素晴らしい人生を選択して下さい。