彼らはイエスに「主よ、来てご覧ください」と言った。イエスは涙を流された。ヨハネ11章34、35節
今日、キリストの中にすべての神様の備えがあることを聖書の中から見て参りましょう。ある時、キリストは4日前に弟を亡くした二人の姉妹の所に行くのです。この二人の姉は弟の死を受け入れられずにいました。というのは、イエス様がもう4日早く来てくれていたら弟の病気はイエス様に癒していただけたのにという悔しさがあったからです。 二人の姉は泣きながら弟の墓の前までイエスを案内します。 聖書はこう語っています。
彼らはイエスに「主よ、来てご覧ください」と言った。イエスは涙を流された。ヨハネ11:34,35
第一に、キリストは泣く人と共に泣く方ですね。あなたの心に寄り添って、あなたが感じるようにあなたの悲しみを感じる方です。 喜ぶ人と共に喜ぶのは簡単なことかも知れません。しかし、あなたの大切な人が絶望のどん底に落ちた時、あなたはどんな言葉をかけてあげることができるでしょう。実は、悲しみのどん底にいる人は慰められたいとは思っていない事が多いです。そうではなく、ただ一緒に泣いてくれることを望んでいるのです。しかし、私たちは一緒の場所、一緒の時間にいても、一緒の心にまではなれないのです。なぜなら、一人ひとりの感受性は違うからです。しかし、キリストだけは、あなたが感じるように、あなたの悲しみを感じとる方なのです。 実は、この時、イエスが涙を流されたのは弟を失った姉達の気持ちが分かったからだけではありません。罪ゆえに人が「死ななければならい」ことへの怒りや悲しみから来る涙だったのです。 死というものが人間に与えるダメージの大きさ、そのむごい結末を思った時、腹の底から怒りを感じる方だったのです。 実に、キリストは、あなたのためにあなた以上に十字架で苦しむことを選ばれ、あなたの問題に立ち向かっていかれる方、それがイエス・キリストなのです。
第二に、キリストはただ悲しみを共有されて終わるのではなく、解決者である方なのです。 聖書にこう書いてあります。
イエスは大声で叫ばれた。「ラザロよ、出てきなさい。」すると、死んでいた人が、手と足を長い布で巻かれたまま出てきた。彼の顔は布で包まれていた。イエスは彼らに言われた。「ほどいてやって、帰らせなさい。」ヨハネ11:43,44
なんと、イエス・キリストは4日前に死んで腐り果てていたはずのラザロをよみがえらせたのです。完全に死んで4日もたって遺体が朽ちている人を完全な健康体にして生き返らせたのです。姉妹たちの絶望と悲しみは喜びに変えられました。素晴らしいですね。みなさん、このことを通して、キリストはわたしたちに何を伝えようとしておられるのでしょう。それは、死んで4日もたって臭くなっていた人を新しく造りかえることが出来るキリストは、罪によって腐りつつ朽ち果てる人生に向かって行く(あなたをも)キリストは全く新しく造り変えることがお出来になるお方であるということなのです。どうぞ、あなたも罪人に寄り添い、死者をよみがえらせることができる唯一の救い主、あなたのために死んでよみがえられたイエス・キリストを救い主として信じ受け入れてください。心からお勧めします。
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