救いは悔い改めから

ロトがソドムから出て行ったその日に、火と硫黄が天から降ってきて、すべての人を滅ぼしてしまいました。人この子が現れる日にも、同じことが起こります。ルカ12章29-30節

 今日はここから3つのポイントでお話ししましょう。

 第一に、聖書は「罪に対しては神の裁きが必ず下る」ということを語る、警告の書物です。滅ぼされたソドムとはどんな待ちだったのでしょうか。それは非常に罪深い、堕落した快楽と放縦、背徳の町です。人間が人間扱いされず、また獣のように快楽を求める町でした。そこに神の裁きがとうとう下ったのです。アブラハムは、ロトたち家族が滅ぼされないように神に願い求め、「ソドムの町に正しいものがいたならば、主よ、決して滅ぼさないでください」と何度も執り成しの祈りを捧げました。しかし、結局、ソドムの町に裁きが下り、滅ぼされてしまいました。そして、聖書では、「やがてこの世界に、神の審判が下るがやってくる」と約束しています。なぜなら、神は義なるお方だからです。ですから、私たちも、自らの罪をしっかりと認めましょう。また、自らはその罪を解決できないことも認めましょう。そして、神の救いを心から求めるなりましょう。

 第二に、聖書は「裁きから逃れる道を紹介する、救いの書物である」ということです。私たちは、誰かによる被害者です。しかし、別の誰かに対しては、加害者かもしれません。生きている以上、誰をも傷つけたり、おとしめたり泣かせたりしたことが一回もないとは言えないのではないでしょうか。何より、神の前に立つとき、「私はどこを調べてもらっても大丈夫だ」と言えるほどに正しい人など一人もいないのです。長いあいだソドムに住んでいたロトは、天からの火と硫黄をまぬがれました。それは、彼が裁きの火が降ってくる前にソドムを脱出したからです。同じように私たちは、やがてこの世界を襲う恐るべき裁きの時代から、逃れる必要があるのです。そして、その逃ればは「イエス・キリスト」です。キリストが、あなたのための魂のシェルターになってくださるのです。なぜなら、キリストは全く罪のないお方でしたが、あなたの罪を背負って、天からの裁きを何もかも引き受けてくださった方だからです。そして、墓に葬られてから、三日目の朝、死を突き破って「栄光のからだ」によみがえり、そして、やがてクリスチャンたちを迎えるためにまた来られるお方なのです。

 ソドムの町は、ロトが姿を消してから、裁きの波に飲み込まれてしまいました。同じように、やがてこの世界から、すべてのクリスチャンが姿を消すときが来ます。それから恐るべき大患難の時代がやってくると、聖書は警告の予言を語っています。どうぞ、その恐るべき時代が来る前に、ご自分の救い主としてイエス・キリストを信じてください。