ですから、信仰は聞くことから始まります。聞くことは、キリストについてのことばを通して実現するのです。ローマ10: 17
きょうは、「どうすればイエス様を救い主として信じることができるのか」、ここから3つのポイントでお話ししましょう。
第一に、「信仰は聞くことから始まる」ということです。日本や世界の人々の中には無神論を主張される方がいます。ところで、人はどうして無神論を主張するのでしょうか。おそらく、これまで見たり聞いたりしたこと、また、読んだりした本などの影響を受けているのでしょう。というのは、人は何かを知るには判断材料が必要であるからです。 判断できる材料や情報に触れたことがないのに信じるということは難しいことです。まず、聞くというところから全てが始まります。ヨハネの福音書4章には、サマリヤの女性に出会われたイエス様の記事が出ていますが、女性は生活のために井戸水を汲みに来たのですが、その水がめを井戸端に置いて、イエス様のことを町の人々に伝えに行きます。すなわち、女性は出会ったイエス様が救い主であると確信し、その心=価値観が180度変えられたのです。どうして女性は心が変えられたのでしょう。聴いたからです。イエス様が話された言葉が心の中に入り、得心したからです。
第二に、「何を聞けばいい」のでしょうか。それは、“キリストについてのことば”です。この “キリストについてのことば” を “福音” と言います。福音とは何ですか。第一に『キリストは私たちの罪のために死んでくださったこと』、第二に『墓に葬られたこと』、そして第三に、『キリストは死からよみがえられたこと』です。キリストがしてくださったことは無数にあるのですが、絞って言うならこの3つです。あなたの罪を赦すためにあの惨(むご)たらしい十字架を物ともせずにこの世に来てくださいました。そして、あなたの代わりに死んで、罪の償いをしてくださったのです。その償いが父なる神に受け入れられたという証拠が復活なのです。あなたはこれらのことを信じているでしょうか。
第三に、神がキリストによって成し遂げてくださった「無償の愛」が良く分かると、神の恵みによって、キリストを信頼しようという心が湧いてくるのです。パウロは、キリストやクリスチャン、教会を迫害し、多くの人々を死に至らしめた過去がありました。しかし、復活のイエス様が現れ、パウロの罪すべてを赦してくださいました。本来は、パウロ自身が自らの命をもって自分の罪の償いをすべきですが、イエス様が十字架でそのすべてを負われ、死んでその罪を赦してくださったことに気付かされたパウロです。彼は、イエス様の、その無償の愛=神の恵みが良く分かりました。そして、絶大なる信頼をもってキリストに献身したのです。パウロはイエス様に何かをお返しせずにおれなかったのです。なぜなら、キリストがあなたや私のためにご自分の全てを捧げてくださったからです。そのキリストの愛に触れると、キリストを信頼せずにおれなくなるのです。あなたはいかがですか。キリストはあなたを本当に助けてくださる方です。どうぞ、このキリストを自分の救い主として信頼してください。
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