愛と慰めと望みを与える神

どうか、私たちの主イエス・キリストであり、私たちの父なる神である方、すなわち、私たちを愛し、恵みによって永遠の慰めとすばらしい望みとを与えてくださった方ご自身が、あらゆる良いわざとことばとに進むよう、あなたがたの心を慰め、強めてくださいますように。Ⅱテサロニケ2:16,17

  きょうのみ言葉から、創造主なる神を3つの観点で見て参りましょう。

  第一に、「私たちを愛してくださる神」という観点です。ここで使われている愛とはアガペーという言葉です。それは神様から発した「無条件の愛」の事なのです。ところで、子どもは誕生日が大好きですね。自分の誕生日が近づくと黙ってられません。みんなに言いふらします。どうして子どもはそんなに誕生日が好きなのでしょうか。それは、無条件で自分の存在を肯定してもらえる日だからです。そして、こんな日はほかにありません。そんな無条件の愛を、たった1日だけ味わえる日。それが誕生日です。しかし、神さまの愛は1日限定ではありません。あなたが産まれてから、いままでずっと途切れなく神はあなたの存在を喜んで、愛を注いで来られた方なのです。

  第二に、「神は永遠の慰めを与えてくださるお方だ」ということです。 慰めという言葉は、ギリシャ語ではパラクレセオスという言葉です。このパラという言葉は、「そばにいる」という意味があります。 神様はいつもそばにいて、あなたに必要な助けを与えてくださる、これがパラクレセオス。そして、そのことをあなたにもしてこられました。みなさんは、「レンタルさん」という男性をご存知ですか。何もしない自分を貸し出す人のことです。 彼はツイッターで「何もしないことを貸し出します。国分寺駅からの交通費と、かかった飲食代を負担してください。飲み食いと、ごく簡単な受け答え以外何もしません」と言うのです。そんな人と一緒にいたいですか。誰がこんなところに申し込むのかと思いきや、なんと一日30件も引き合いがあるそうです。心細くなったとき、そこに自分のためにいてくれる人がいる、ということだけで何か力が出てきます。しかし、いるというこの存在の力が人を支えるのです。神はいつも存在しておられる方です。存在しなかった瞬間など一瞬もありません。神は、わたしやあなたを支えるためにいつもそばにいてくださる方です。

  第三に、「神はすばらしい望みを与えて下さるお方である」ということです。望みというのはまだ実現していない良きことへの「期待」を言います。実は世の中で、人が何らかの活動に取り組むのはみな、何らかの希望に基づいています。炎天下の中、一生懸命畑仕事をする農家の方々は、どうしてそんなつらい仕事ができるのでしょうか。収穫の時が来ると、何十倍にも実がなるという希望があるからです。人はみなこれから起ころうとしていることに期待して生きるものです。そして、神はすべての人に希望を与えて下さるお方だとうことです。なぜなら、たとえ、わたしたちに死が訪れても、死の次にやってくるのが地獄ではなく、永遠の天国という希望だからです。そして、この希望は罪人の代わりに死んでくださったキリスト、死後に3日経って復活なさったキリストを自分の救い主として信じる人に与えられる希望です。どうぞあなたも、キリストの中にある神の愛、永遠の慰め、素晴らしい望を受け取ってください。