平安の子を探して

財布も旅行袋も持たず、くつもはかずに行きなさい。だれにも、道であいさつしてはいけません。どんな家にはいっても、まず、『この家に平安があるように。』と言いなさい。 もしそこに平安の子がいたら、あなたがたの祈った平安は、その人の上にとどまります。ルカ10:4~6

きょうは、イエス様が弟子たちを2人ずつ組みにして、町や村に伝道に行かせた弟子訓練の場面から、3つのことを学んでいきたいと思います。

  第一に、イエス様は、弟子たちが伝道の旅に出かける時には「財布や旅行袋を持たず、くつもはかずに行きなさい」と言われたことです。この箇所と同じことが語られているマルコの福音書6章8節には、「旅のためには、杖一本のほかは、何も持って行ってはいけません。パンも、袋も、胴巻きに金も持って行ってはいけません。」とイエス様が仰いました。モーセも神からの召命を受け、奴隷になったイスラエルの同胞を解放するためにエジプトに出かけて行ったときに「杖」を持って行きました。この「杖」とは「信仰」のことを指します。イエス様は弟子たちが伝道するために町や村に出かけて行くときに「信仰」を持って行くように言われたのです。わたしたちは信仰がなければ、イエス様のことを熱くお伝えするんだという強い思いを持って出かけることができません。強い思いや目的意識がなければ、仮に途中で誰か知り合いと出会って長話になっていくとき、当初の伝道の思いが薄れてしまうかも知れませんね。「だれにも、道であいさつしてはいけません。」とは、そういうことなのでしょう。

 第二に、聖書から教えていただけることは、伝道の旅に出かけるその旅先に、「平安の子がいる」ということです。「平安の子」とは誰のことなのでしょうか。「平安の子」とは、福音を伝えていくときに、それを「受け入れてくれる人」のことです。弟子たちが福音を伝えて行くときに、「イエス様の話を聴いてくれる人々が必ずいる」ということなんですね。イエス様は弟子たちを伝道の旅に送り出す前に、「平安の子」が与えられるよう祈って下さいました。「平安の子」は備えられているのです。使徒の働きにも、「この町にはわたしの民がたくさんいるのだから。」という御言葉がありますね。現在のわたしたちも、伝道の旅に出かける前に祈るならば、イエス様は「平安の子」を必ず備えて下さるのです。わたしたちは教会の回りや自宅の周りなど、伝道に出かけることを恐れていないでしょうか。2人で出かけて行ったりすれば、「エホバの証人と間違えられないだろうか」と恐れていないでしょうか。聖書において、イエス様はわたしたちに福音伝道をしに出かけてほしいのです。わたしたちは余分に恐れる必要はありません。なぜなら、祈るなかに、イエス様は必ず「平安の子」を備えていて下さるからです。あなたはこのことを信じますか。

 第三に、「平安の子」と出会い、彼らが家の中に招き入れて食事を出してくれたなら、喜んで食べ、そして、彼らに「神の国は、あなたがたに近づいた。」と宣言することの大切さです。「神の国は、あなたがたに近づいた」とは、彼らにイエスキリストの福音をしっかり伝えることを指します。イエス様は、わたしたちクリスチャンに、福音をしっかり伝えられる者になってほしいと願っておられるのです。