神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。ヨハネ3:16
神は、実に、そのひとり子をお与えになるほどに世を愛された。神様が語られる「世」とは、神様が愛を持って造られた人間、すなわち、「あなた」や「わたし」のことを指しているんですね。「世」というところに「あなた」の名前を入れて読んでみてください。神様はありったけの愛をもって、あなたの事を愛されたと宣言しておられます。ところで、聖書が語る神様とは、この天地宇宙を造られ、人をも造られたお方であり、この世界をデザインされた素晴らしい作者のことです。注意を払って自然界を観察すると、実に自然界はうまくできてるなと思います。夏、暑い盛りにはスイカの皮の色は涼しい深緑です。寒い冬になると、リンゴやミカンなど温かい色の皮の果物がなるじゃありませんか。デザインがあるならば、デザインを造った者がいるというのは当たり前の話です。
実は、聖書によれば、神がお造りになった作品の中で最も素晴らしいのは「人」だと言うんです。宇宙って広いですね。でも宇宙は広いのですが自分が広いということが分かりません。 太陽は熱いですよね。表面温度は6400℃です。でも、太陽は自分が熱いということが分かりません。しかし、私たちは自分が小さいとか、弱いとか、嬉しい時には笑ったり、悔しがったり、祈ったりすることが出来る人格を持つ者として、神は人を造られたので、最も優れた尊いものなのだと聖書は語ります。
ところが、どうして人間の世界には野生の動物の世界にも見当たらないほど、争いや醜い出来事や、苦々しい事件が起こるのでしょうか。それは創造主である神から離れて、神との関係を切って生きているからだと聖書は語るのです。ところで、宇宙飛行士が宇宙船から離れて、宇宙空間に出ていって作業したとします。宇宙飛行士がまず第一に考えることは何でしょうか。それは安全第一です。身の安全を確保すること。どうやってですか。それは、自分自身が宇宙船と離れ離れにならないようにして作業するわけです。もしも、何かトラブルが発生して自分の身体が宇宙船から離れてしまったら、それこそ「死」を意味するんですね。しかし、神様との関係において、すべての人はそれをやっているんだと聖書は語ります。この世界を造られた神から離れ、神との関係を切って、それぞれが自分勝手に振る舞っているので、ぶつかったり、傷つけあったりして、最後は滅びと死ではないのかと、聖書は語るんですね。 すべての人は自分の造り主のもとに立ち返る必要があるのです。私たちは管制官と繋がる必要があります。すべての人が神の前には罪人であるからです。しかしながら、神はその罪の罰を人に負わせるのではなく、あの十字架の上でご自分の一人子をお見捨てになった。それは罪人の罪の罰を身代りに引き受けさせるためであった。そして、そのようなことを行われた神の動機はあなたに対する愛だったのです。
神は、あなたのことを愛してくださったのです。あなたにありったけの愛を惜しまずに注いだ、このイエス・キリストをご自分の救い主として信じていただきたいのです。そして、永遠の命に至る天国の国籍を持つ人生の中に入っていただきたいと思います。
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