すると、ペテロが答えて言った。「主よ。もし、あなたでしたら、私に、水の上を歩いてここまで来い、とお命じになってください。」マタイ14:28
きょうは、「水の上を歩いた」ペテロのお話を致しましょう。
きょうは、弟子たちが湖の上でイエス様と出会う話が出てきます。弟子たちは湖上を歩いて近づいてきたイエス様を幽霊と勘違いして恐れた様子が記されています。イエス様が弟子たちを舟に乗り込ませ、向こう岸に渡らせたのは、実は、弟子たちへの「霊的な訓練」だったんですね。22節以前の箇所では一体何が記されていましたか。第一にバプテスマのヨハネが首をはねられ殉教した悲しい出来事が記録され、第二に、群衆や弟子たちを前にしてイエス様が「5つのパンと2匹の魚」の奇跡を見せられた出来事が続いています。 22節、「それから」、イエスは弟子たちを強いて舟に乗り込ませ、向こう岸に渡らせようとしました。これは、イエス様による弟子たちへの「霊的な訓練」です。
あなたもわたしも人間ですから、人生において「落ち込み」「沈んでしまう」経験はたくさんあります。しかし、イエス様は、あなたにも、わたしにも、「神を信じ、主イエスを信じて、どんなときにも決して『沈んでしまうことがない』信仰を持ってほしい」と願っておられるのです。 イエス様は向かい風を受けて舟を漕ぎあぐねる弟子たちのもとに、湖上を歩いて近づきました。弟子たちは、最初、イエス様を幽霊だと思って恐れるわけです。しかし、イエス様が事前にひとり山で祈られていた通り、ひとりの弟子がイエス様に話しかけるのでした。ペテロです。
「主よ。もし、あなたでしたら、私に、水の上を歩いてここまで来い、とお命じになってください。」
イエス様は嬉しかったことでしょう。ぺテロに向かって、「来なさい。」と命じられると、なんと、ペテロは水の上を確かに歩いて、イエス様のところに近づいたのです。しかし、ここで問題が起こります。ペテロが途中で沈みかけたのです。 ペテロはどうして沈みかけたのですか。み言葉はその理由を何だと言っているでしょうか。そうです。ペテロは「風をみて怖くなった」んですね。イエス様から一瞬目を離して、波や風を見てしまったわけです。
さあ、きょうの箇所で、イエス様からあなたに示されることは何ですか。大切なことは「イエス様から目を離さないでいること」ですね。そして、「私に、水の上を歩いてここまで来い、とお命じになってください。」と主に申し出たペテロの信仰です。 すなわち、イエス様がお命じになることは何でもその通りになる、という信仰を、わたしの信仰にもさせていただきたいと思いますよね。人生において「落ち込み」「沈んでしまいそうな」ときに、「主よ、歩いてここまで来い、とお命じになってください。」とイエス様をいつでも仰げる者となりたいと思います。イエス様は、沈みかける「あなた」の腕をつかんで、決して離さないお方なのですから。アーメン
0コメント