神の作品

私たちは神の作品であって、良い行ないをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行ないに歩むように、その良い行ないをもあらかじめ備えてくださったのです。 エペソ2: 10

この箇所から教えられることを3つのポイントでご紹介します。  

 第一に、私たちはみな「神様によって造られたものである」ということです。きょうの箇所には「私たちは神の作品であって、」とあります。わたしたちクリスチャンは、キリストを信じる信仰によって、神に新たに再創造された『神の作品』なのであって、」と、エペソ人への手紙には記されています。もちろん、創世記には「神が人をご自身の像に似せて造られた」とありますので、人は、そもそも神様が愛情たっぷりに大切に作り出してくださった存在です。言い換えるならば、私たち人間は、神が大切に所有する存在なんですね。ところが、人に罪が入り、人は造り主である「神から離れて」神に背いて生きるものになってしまいました。 その証拠に、神から離れた人間は、自分の人生は自分のものであると考えます。「自分の人生をどのように使おうと自分の勝手だ」と考えてしまいます。しかし、私たちには「生まれ」も「死」も自分で定めること出来ませんし、男に生まれるのも、女に生まれるのも自分では決められない存在です。私たちは、自分の存在が、人生が、神のものであることを認める必要があるのです。  

 第二に、私たちは神によって再創造された「神の作品」だということです。そもそも「あなた」や「わたし」は神が所有するものであったのに、(自分では全く気付かぬうちに)私たちは造り主である神から勝手に離れて生きるものになりました。しかし、神は「あなた」や「わたし」を決して見捨てず、ご自身のもとに取り戻したいと願われ、独り子イエス・キリストを与えて下さいました。キリストは、神から離れて生きている「あなた」や「わたし」の罪のために十字架で身代わりに死んでくださったお方です。キリストの犠牲の死に免じて、キリストを救い主として信じる「あなた」や「わたし」の罪を、神は完全に赦して下さいました。そして、神に繋がる存在として、「あなた」や「わたし」を「神の作品」として新たに再創造してくださったのです。  

 第三に、「良い行いは神が用意し、私たちを導かれる」ということです。 私たちは、明日がどうなるか全く知らずに生きる者です。私たちには自分の人生を自分でコントロールできない存在です。しかし、一つだけ確かに言えることがあります。それは、「神がわたしの人生を用意し、最善に導いて下さる」ということです。みなさんが聖書の神、イエス・キリストを救い主として信じることによって、神があなたの人生に責任を持って下さり、最善を備えて下さるのです。怖いことですが、神を信じないで生きる者は自分自身で人生の責任を取らねばなりません。 神を信頼し、神のことを考えながら人生を歩むとき、すべてが神によって備えられ最高のものとなるのです。 「神が良い行いをあらかじめ備えてくださる」とは、そういうことなのです。